第6話　同じ痛みを持つ者

　ショウとのやり取りが始まって二週間が経った。毎日のように個人メッセージを交換し、時には深夜までチャットで語り合うこともある。アキたちとの付き合いも、まだ続いているけれど、最近は圧倒的にショウとの時間が多くなっている。

　今日は日曜日。午後から、いつものようにショウとチャットをしていた。

『昨日見た映画の話なんですが……』

　ショウはいつも、私が興味を持ちそうな話題を振ってくれる。今日は最近公開された青春映画の話だった。恋愛要素もある作品で、私はちょっと恥ずかしくなりながら感想を書いている。

「主人公の女の子、とても可愛かったですね。ああいう子が恋愛できるのは当然だなって思います」

　何気なく送った言葉だったけれど、ショウからの返事は予想外だった。

『NORIさんは、自分に自信がないんですね』

　ドキッとする。図星だった。どうして気づかれてしまったんだろう。私は慌てて否定した。

「そんなことないですよ。ただ、映画の感想を言っただけで……」

『でも、「ああいう子が恋愛できるのは当然」って言いかた、なんだか自分と比べているみたいに聞こえました。NORIさんだって、きっと素敵な人だと思うのに』

　胸がギュッと締め付けられる。ショウは優しい人だから、そう言ってくれているだけ。会ったことのない私を、気づかってくれている……その優しさが逆に苦しい。

「ショウさんは優しいですね。でも、現実はそう甘くないと思います」

　しばらく返事が来なかった。もしかして、重い話になってしまって、困らせてしまったかもしれない。そう思って謝ろうとしたとき、メッセージが届いた。

『実は、僕も同じようなことを考えることがあります。現実は甘くないって』

　――え？

『僕、身長が低いんです。クラスで一番小さくて、中学のときは、それでからかわれることが多くて。「チビ」とか「豆つぶ」って呼ばれたり、みんなに頭をぽんぽん叩かれたり。最初は笑って流してたんですけど、だんだん辛くなってきて』

　ショウが？　いじめられていた？

　信じられない思いに、返信を打つ指先が震える。

「そんなことがあったんですね。きっと、辛かったでしょう」

『みんな悪気があってやってるわけじゃないのは、わかってたんです。でも、やっぱり傷つきました。特に、好きな子ができたとき。告白したくても、「こんな小さい男を好きになる子なんているわけない」って思ってしまって。結局、なにも言えませんでした』

　私の心臓が、バクバクと鳴っている。ショウの話が、あまりにも私の経験と似ているから。中学の卒業式……稔くんに伝えられなかった気持ちを思い出す。

　向き合って、自分の顔を見られるのが怖くなって、結局はなにも伝えられないまま、逃げてしまったことを。

「私も」

　気がつくと、指が動いていた。

「私も、同じような経験があります」

　送信してから、慌てる。

　なにを言っているの、私。

　でも、もう送ってしまった。

『NORIさんも？』

「はい。私は……容姿で、からかわれることが多くて。子どものころから、ずっと。だから、人と関わるのが怖くなってしまって。人前に出るのも怖いんです。そしてショウさんと同じように、好きだった人にも、なにも伝えられなかったんです」

　本当のことを話している。ショウが心を開いてくれたから、私も少しだけ、本音を言ってみたくなった。

『そうだったんですね。NORIさんも、辛い思いをされたんですね。でも、NORIさんがそんな経験をしてるなんて、想像もできませんでした。いつも明るくて、前向きで……そんな人だと思っていたから』

　明るくて、前向き。ネット上の私は、ショウにはそう見えているんだ。

　恥ずかしくて、くすぐったいような気持が胸にあふれてくる。

「ネット上では、本当の自分を隠せるから。でも現実では、やっぱり人と会うのが怖くて。実際に会おうと言われたり、オフ会に誘われても、どうしても逃げてしまいます」

　また本音を言ってしまった。どうして、ショウには素直に話せるんだろう。

『僕もです。リアルで友だちを新しく作るのは、今でも苦手です。こうやって、ネット上でお話しするほうが楽で。NORIさんとも、だからこそ自然に話せるのかもしれません』

　同じだった。ショウも私も、現実では人との関係を築くのが苦手で、ネットの世界に居場所を求めている。その気持ちが、私にはわかりすぎる。

『でも、NORIさんは本当に素敵な人だと思います。文章から伝わってくる優しさや、物事を深く考える姿勢、それに絵を描くことに対する気持ちも。外見なんて、本当はそれほど重要じゃないと思うんです』

　ショウの言葉に泣きたいほど胸が苦しくなる。今まで誰からも言われたことのないものだった。誰かに気持ちをわかってもらえる、そんな嬉しさでいっぱいになる。

「ショウさんもです。お話ししていると、とても思いやりがあって、頭の良い人だなって思います。身長なんて、全然気になりません。それより、心の大きさのほうが、ずっと大切だと思います」

　そう書きながら、自分でも驚いた。本当にそう思っている。ショウの身長のことなんて、まったく気にならない。むしろ、こうやって心を通わせられることが、ずっと大切に感じる。

『ありがとうございます。NORIさんにそう言ってもらえると、すごく嬉しいです。こんな風に、お互いの気持ちを分かり合える人に出会えるなんて、思ってもみませんでした』

　私も同じ気持ちだった。ショウとは、今までネットで出会った誰とも違う。表面的な話ではなく、心の奥の部分で繋がっているような気がする。

「私もです。ショウさんとお話ししていると、一人じゃないって思えます。同じような痛みを経験した人がいるって知れて、なんだか救われた気持ちです」

『僕も同じです。NORIさんがいてくれるから、過去の辛い経験も、無駄じゃなかったって思えます。その経験があったから、NORIさんの気持ちがわかるし、こうして出会えたのかもしれません』

　画面が涙で滲む。こんなに心が暖かくなったのは、いつ以来だろう。

　ただ、やっぱり小さな不安も感じている。こんなに心を通わせてしまって、大丈夫なんだろうか。いつか、ショウも他の人たちと同じように、実際に会いたがるようになるんじゃないだろうか。

　そのとき、私はどうすればいいんだろう。

『今日は、大切なお話を聞かせてくださって、ありがとうございました。NORIさんと今までよりも深く話ができて、本当に良かったです。』

「こちらこそ、ショウさんが心を開いてくださったおかげです。私の話も聞いてもらって、本当にありがとうございました」

　チャットを終えた後、しばらくスマホを見つめていた。

　ショウとの関係は、今までの友だちとは明らかに違う。もっと深くて、もっと特別な、なにかがある。

　ただ……それが嬉しい反面、怖くもある。

　失いたくない関係だからこそ、慎重にならなければいけない。この距離感を保ち続けることができれば、きっと素晴らしい関係が築けるはず。

　そう自分に言い聞かせながら、心の奥ではわかっていた。

　これは、もう友情以上のなにかになり始めているということを。

　そして、それがどれだけ危険なことかということも。

　夜の静寂の中で、私はショウからのメッセージを何度も読み返していた。